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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)4286号 判決 1982年8月27日

原告 誠加建設株式会社

右代表者代表取締役 久米誠

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

被告 宮原音一

右訴訟代理人弁護士 後藤正三

主文

一  被告は、原告に対し、金二〇二万二九四〇円及びこれに対する昭和五六年四月二六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は、原告に対し、金二〇二万八八九〇円及びこれに対する昭和五六年四月二六日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行宣言。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

第二原告の請求原因

一  手形割引依頼と割引金の不交付

(一)  原告は、昭和四九年四月二九日、被告が代表取締役をつとめる訴外有限会社宮原商店に対し、原告振出にかかる別紙手形目録(一)記載の約束手形(以下本件手形という)の割引を依頼し、これを交付した。

(二)  これに対し、被告は、同日、原告に対し、本件手形を宮原商店の取引銀行(以下単に取引銀行という)において割引し、現金化出来次第、原告に本件手形の割引金を交付する旨約束した。

(三)  ところが、宮原商店は、その後、原告に割引金を交付しないまま昭和四九年七月初旬頃、不渡手形を出して倒産し、結局、本件手形の割引金は、原告に交付されなかった。

(四)  したがって、宮原商店が原告に対し本件手形金の支払いを請求しうる立場になかったことはいうまでもない。

(五)  以上の経緯を更に具体的に述べると次のとおりである。すなわち、

1 宮原商店は、元来、材木商を営んでいたものであるが、その銀行取引の手形割引枠を利用して広く金融取引をも行っていたものである。

2 そして、原告も、かねて、原告の経理部長であった永見博嗣の父で訴外大永建設株式会社の代表取締役である永見繁男の紹介で宮原商店から手形割引を受け、金融の便を得ていた。

3 しかして、本件手形の割引依頼も永見繁男を介して行われたものであり、原告は、本件手形と同時に訴外イースタン建設株式会社振出の別紙手形目録(二)、(三)記載の約束手形(以下イースタン手形という)の割引も依頼したところ、被告は、これらの手形を受領した際、この手形を取引銀行において割引し、現金化出来次第、原告に割引金を交付する旨約束した。

4 ところが、その後、割引金が交付されないので催促すると、被告は、「本件手形を割引依頼のため取引銀行に預けていたところ、宮原商店の金融取引(貸付)先である東北方面の業者が到産し取引銀行に差入れてあった右業者の手形を宮原商店において買戻さなければならなくなったが、同商店において右買戻しができないため、本件手形やイースタン手形を割引いて貰えない、しかし、早急に解決するので暫く待ってほしい。」旨応答していた。

5 ところが、その後も右割引依頼手形の割引金が交付されないので、更に交渉したところ、宮原商店は右割引金を交付する替りに、本件手形の割引金の一部にあてるために別紙手形目録(四)記載の約束手形(以下便宜本件見返り手形という)及びイースタン手形の割引金にあてるために同目録(五)、(六)記載の約束手形(以下便宜イースタン見返り手形という)を交付し、原告がこれを他所で割引き、右割引金を原告への融資金とすることになった。

6 そして、右イースタン見返り手形は他の金融業者で割引くことが出来たのでその目的を達し、イースタン手形については約定どおりの処理がなされ決済ずみとなったが、本件見返り手形については割引ができず、原告がそのまま所持していたところ、そのうちに宮原商店が倒産してしまい、結局、本件手形に対する割引金は全く交付されなかったものである。

7 以上の次第で、本件手形については、割引当事者である宮原商店と原告の間で何ら対価の授受がなされていないのであるから、宮原商店が原告に対し、本件手形金の支払いを求めうる立場にはなかったことはいうまでもない。

二  被告の不法行為(本件手形の支払呈示と訴求)

(一)  しかるに、被告は、宮原商店の代表取締役として、本件手形の支払期日である昭和四九年八月一〇日、本件手形を支払いのため支払場所に呈示し、次いで、同年一二月一一日、東京地方裁判所に宮原商店を原告とし、本件原告を被告とする本件手形金の支払請求訴訟(同裁判所昭和四九年(手ワ)第二八七七号事件、以下、本件手形訴訟という)を提起した。

(二)  そこで、原告は、被告のなした右理由のない支払呈示と訴訟手続に対し、後記三のとおり応接せざるをえなくなり、同項記載のとおりの損害を蒙った。

(三)  ところで、宮原商店は、被告の経営にかかるいわゆる個人会社であり、被告は、その代表取締役として同商店の業務全般を自から執行していたものであり、本件手形の割引依頼に関する交渉、手続も、全て、被告がこれを行っていたのであるから、被告は、本件手形の割引金が宮原商店から原告に交付されていないこと、したがって、宮原商店が原告に対し本件手形金を請求しうる立場にないことを充分承知していたのである。

(四)  したがって、被告としては、前記支払呈示や訴訟提起の手続をすべきでなかったのであり、それにもかかわらず、被告があえて前記のごとき手続をとり原告に応接を余儀なくさせたうえ前記のごとき損害を蒙らせたことは、原告に対する不法行為であり、被告は、原告に右損害を賠償すべき義務がある。

三  原告の損害

原告が被告の右不法行為により蒙った損害は、次のとおりである。

(一)  異議申立提供金預託による損害 三〇万〇〇〇〇円

原告は、本件手形の支払呈示をうけ不渡処分を免れるため、昭和四九年八月一二日、本件手形金額と同額の二五〇万円の異議申立提供金を支払銀行に預託し、これが満二年間無利息で凍結された。

この間、商人たる原告が、右二五〇万円を活用を出来なかったことによる損害は、商事法定利率年六分の割合による二年間の利息相当額三〇万円を下らない。

(二)  不当訴訟応訴による損害 計一七二万八八九〇円

原告は、宮原商店より前記訴訟を提起され、素人である原告自身で右訴訟手続を遂行することが困難であるため、大森正樹弁護士に右訴訟に関連する訴訟手続一切の遂行を委任した。これに要した費用等は次のとおりである。

1 本件手形訴訟に対する応訴費用 一五万〇〇〇〇円

右手続遂行のための弁護士手数料及び実費として右金員を支出した。

2 強制執行停止手続費用 一〇万〇〇〇〇円

昭和五〇年六月二七日に言渡された本件手形訴訟の手形判決(宮原商店の一部勝訴判決)の強制執行停止手続(東京地方裁判所昭和五〇年(モ)第七一〇五五号)のための弁護士手数料及び実費として右金員を支出した。

3 保証金供託による損害 一二万六四九〇円

原告は、昭和五〇年七月二日、右強制執行停止決定のための保証金四九万円を供託し、本件手形訴訟につき、控訴審において原告全面勝訴の判決がなされ(昭和五六年一月二六日言渡)、昭和五六年四月一日に取戻すまでの五年九月間供託し続けた。

この間、商人たる原告が右四九万円を理由なく活用出来なかったことによる損害は、商事法定利率年六分の割合による五年九月分の利息相当額一六万九〇〇〇円から右供託金に付された利息四万八五一〇円を控除した残額一二万六四九〇円を下らない。

4 手形判決に対する異議訴訟費用 三〇万〇〇〇〇円

右手形判決に対し、原告及び宮原商店の双方が異議申立をしたが(同裁判所昭和五〇年(ワ)第七〇三六六号、同第七〇三九三号)、原告は、同異議訴訟手続遂行のために弁護士手数料及び実費として右金員を支出した。

5 第一審判決に対する控訴費用 三〇万〇〇〇〇円

右異議訴訟において、昭和五三年七月一九日、宮原商店の全面勝訴、無条件仮執行宣言付の判決が下され、原告は、これに対し控訴を申立たが(東京高等裁判所昭和五三年(ネ)第一九〇〇号)、右控訴審手続遂行のために弁護士手数料及び実費として右金員を支出した。

6 控訴に伴う執行停止手続費用 一五万〇〇〇〇円

右一審判決に対する控訴に伴う強制執行停止手続のための弁護士手数料及び実費として右金員を支出した。

7 第二審判決に対する成功報酬 五〇万〇〇〇〇円

前記控訴審において、原告全面勝訴の判決がなされたことに対する成功報酬として右金員を支払った。

8 保証金供託による損害 一〇万二四〇〇円

原告は、昭和五三年七月二五日、右控訴に伴う強制執行停止決定のための保証金八〇万円を供託し、前記3と同様昭和五六年四月一日に取戻すまでの二年八月間供託し続けた。

この間、商人たる原告が右八〇万円を理由なく活用できなかったことによる損害は、前記3同様商事法定利率年六分の割合による二年八月分の利息相当額一二万八〇〇〇円から右供託金に付された利息二万五六〇〇円を控除した残額一〇万二四〇〇円を下らない。

《以下事実省略》

理由

一  請求原因一(一)ないし(五)(手形割引依頼と割引金の不交付)について

(一)  右請求原因事実のうち、被告が宮原商店の代表取締役であったこと、宮原商店が原告主張の各手形を授受したこと及び同商店が倒産したことについては、当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、

1  大永建設の代表取締役永見繁男は、かねて、訴外大沢勝男の紹介で被告を知り、爾来、大永建設は、その振出にかかる約束手形に大沢の裏書をえてこれを宮原商店で割引いて貰ったりしていたこと。

2  しかるところ、原告は、昭和四九年三月頃、その経理部長であった永見博嗣の実父である右永見繁男を介して宮原商店に原告振出約束手形の割引を依頼し、以後、原告と宮原商店との間で数回にわたり原告振出手形の割引取引が行われるに至ったが、右割引取引に際し、永見繁男は、右割引の依頼主が原告である旨宮原商店の代表者である被告に説明しており、そのため右手形の受取人兼第一裏書人は保証の意味もあって大永建設とされたこと。

3  しかして、原告は、昭和四九年四月二九日頃、従前同様、永見繁男を介して宮原商店に本件手形及びイースタン手形の割引を依頼したが、本件手形については保証の意味で大永建設が受取人兼第一裏書人となり、イースタン建設については原告が第一裏書人、大永建設が第二裏書人となっていること(なお、本件手形の振出日欄は右当時白地であったが、後日、昭和四九年五月九日と補充された)。

4  これに対し、宮原商店の代表者である被告は、右各手形の割引を約してこれを受領したが、その後、割引金が交付されないので、原告において永見繁男を介して被告と交渉したところ、原告主張のとおりの経緯でその主張のごとき趣旨で宮原商店振出の本件見返り手形及びイースタン見返り手形が交付されるに至ったこと(請求原因一(五)の4、5参照)。

5  そこで、永見繁男は、被告の知人である伊東秀夫の斡旋でイースタン見返り手形を金融業者アイチに依頼して割引いて貰いその割引金を原告に交付したが、本件見返り手形は割引いて貰えず、原告がそのまま所持するうちに、同年七月初旬頃宮原商店が倒産してしまい、結局、本件手形の割引金は原告に交付されなかったこと。

以上の事実が認められる。

(二)  《証拠省略》中には、本件手形の割引依頼主は大永建設であって原告ではないこと、本件手形の割引は昭和四九年五月初旬頃に行われたものでありイースタン手形の割引依頼は後記のとおりこれとは別の機会になされたものであること、本件手形の割引金は現実に現金で支払われたこと、イースタン手形の割引依頼は同年五月下旬頃本件手形とは別個の機会になされたものであること等の点について、被告の主張にそう趣旨の供述記載ないし供述が存するが、本件手形の割引金をどのように調達したかの点については、右供述記載と供述相互間それ自体の中に首尾一貫しないと思われる点もあり、その正確性について疑問が存するうえ、《証拠省略》と対比すると、右供述記載及び供述はたやすく採用しえないといわざるをえない。そして、その他には、前記認定を左右するに足る証拠はない。

(三)  以上のとおりとすると、他に、特段の主張、立証がなされない限り、宮原商店は、本件手形の割引金を割引依頼主たる原告に交付していなかったものであり、原告に対し、本件手形金の支払を請求しうる立場になかったものというほかはない。

二  請求原因二(一)ないし(四)(被告の不法行為―本件手形の支払呈示と訴求)について

(一)  右事実のうち、(一)の事実(本件手形の呈示と本件手形訴訟の提起)については、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、宮原商店は原告主張のごとき会社であり、被告は同商店の代表取締役として、本件手形の割引に関する前示認定の経緯は全て承知していたものと認められる。

(二)  そうすると、被告は、宮原商店が原告に対し本件手形の支払いを請求しうる立場にないことを知っていたか当然知りうべきであったといわざるをえず、したがって、これを知りつつないし当然知りうべきであったにもかかわらず、前示のとおり支払いのために本件手形を呈示したこと及びその支払いを訴求したことについて、不法行為責任を免れず、原告に生じた後記三の損害を賠償すべき責を負うものと解するほかはない(なお、原告の主張のなかには、いわゆる故意の場合のみならず、過失の場合の責任を追求する趣旨も含むものと解することができる)。

三  請求原因三(一)、(二)(原告の損害)について

(一)  右事実のうち、(二)1、2、4ないし7の各手続等がなされたことについては、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、その余の請求原因三(一)、(二)の各事実を認めることができる。但し、(二)3の保証金供託による損害は、計数上、五年九月分の利息相当額一六万九〇五〇円から供託金に付された利息四万八五一〇円を控除した一二万〇五四〇円であると認められる。

(二)  右事実によれば、他に特段の事由が主張、立証されない限り、原告は、被告の前記不法行為と相当因果関係のある損害として合計二〇二万二九四〇円相当の損害を蒙ったものと認めるのが相当である。

四  結語

以上のとおりとすると、被告は、原告に対し、右損害金合計二〇二万二九四〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六年四月二六日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

よって、原告の本訴請求を右の限度で認容しその余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野茂)

<以下省略>

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